人工生命と進化するコンピュータ

 

下原 勝憲

katsu@hip.atr.co.jp
ATR人間情報通信研究所/
NTTコミュニケーション科学基礎研究所


1.人工生命と進化システム

 人工生命とは,情報の視点から生命の本質を探ろうとする野心的な研究分野である.特に,複雑なものを要素に還元するこれまでの分析的なアプローチとは異なり,コンピュータなど人工的なメディアを用いて,合成法的なアプローチから生命や生命体に特徴的な現象や振る舞いを創り出すことを特徴としている.DNAの発見以来,最近の分子生物学の進展でも明らかなように,DNAに書かれている情報,すなわち,遺伝情報が生命現象の基本であることが分かってきた.そして,現象としての進化とは,遺伝情報が書き換えられ繁殖能力の優れたものが選ばれてきたプロセスと見ることができる.

 情報を扱い操作するのはコンピュータが最も得意だから,コンピュータを使って,進化や生命的な現象を合成しようという発想が生まれる.遺伝情報とは言わば自己複製プログラムだから,コンピュータの中でコンピュータ・プログラムを進化させようというわけである.

 コンピュータを用いて生命や進化を研究しようというわけであるが,エンジニアやコンピュータ屋さんには別の発想が生まれる.プログラムとはコンピュータに対する命令手順書である.従って,コンピュータはプログラムされた通りに命令を実行するのがごく当たり前だった.しかし,人工生命的な方法論を用いると,コンピュータ・プログラムがそのプログラム自身を書き換え新しい機能を自発的に創りだすことができる!,というわけである.そして,ソフトウェアの進化が可能なら,ハードウェアの進化もできないか.つまり,生き物みたいに成長・進化するコンピュータが可能かもしれないという発想に至る.

 そのような発想から進化システムというコンセプトを提案した.進化システムとは,自発的/相互依存的に生成される変化を利用して,ソフトウェア的に新しい機能を自ら創造するとともに,ハードウェア的な構造をも自律的に創り変えていくシステムである.

 ここでは,進化するシステムやコンピュータに向けた研究を紹介するとともに,システムが自律性・創造性を持つことによって広がる新たな情報処理や応用の可能性について展望する1)~3).

 

2.ソフトウェア進化

2.1 進化するプログラム

 計算機の中でコンピュ−タ・プログラムが生物と同様に“進化する,すなわち,機能するものとして多様化・複雑化する”ことを示した画期的な研究がティエラ(スペイン語で“大地”や“地球”を意味する)である4).ティエラとは,自然発生的な進化のプロセスを創りだし観察するためにコンピュ−タの中に創りだされた仮想世界のことである.

 一個の自己複製する電子生物としてのプログラムから,複製時のエラーやランダムなエラーを突然変異として多種多様なプログラムが生まれあるいは消えていく.そして,プログラム同士が有限の計算時間とメモリ空間をめぐる自然淘汰によってプログラムの進化が進む.ここで自然淘汰とは,人為的な基準を用いる人工淘汰ではなく,競合,寄生,共生や協調などプログラム間の相互作用によって自己複製できるかどうかが決まるということである.自己複製という当初与えられた機能だけでなく,環境と他プログラムとの相互作用を通してプログラム自身が新たな機能を自律的に生成・獲得していく.

 この研究は,人がプログラムした通りに命令を実行するだけであったプログラムがプログラム自身を自ら書き変え機能を創りだせることを示した.情報処理の世界にソフトウェア進化という新しい可能性をもたらしたことの意義は大きいと考える.

2.2 ネットワークを渡り鳥するプログラム5)

 現在,我々は,ティエラをネットワーク型に拡張し,インターネットなど地球規模のコンピュータ・ネットワーク上でのソフトウェア進化の実験を進めている(図1).

 世界中の多くの人々が関わる動的な環境としてのインターネットは間接的にディジタル生物(コンピュータ・プログラム)に自然でかつ変化と複雑性に富む環境を与えることができる.多くの人々がコンピュータを利用している間は,ディジタル生物に与えられる計算時間もメモリ空間も限られる.従って,そのような厳しい環境でも適応できるものしか生き残れない試練の時となる.しかし,人々が帰宅してコンピュータを利用する人が居なくなると,今度は計算時間もメモリ空間も最大限利用でき,ディジタル生物にとってはまさに天国となる.競争のない豊かな環境でディジタル生物はサバイバルに直接関わらない機能を育むことができる.

 そのようなことが日々,しかも,世界中のコンピュータの中で繰り返される.ディジタル生物はインターネットで結ばれたコンピュータ間を自由に移動することもでき,より豊かな計算時間とメモリ空間を求めて絶えず地球の裏側(夜側)に向けて移動することが予想される.

 

2.3 ディジタル生物と助人エ−ジェント

 本研究の狙いのひとつは,ディジタル生物がその生物的多様性を拡げつつ自由に進化できる環境を創りだすことにある.我々が現在利用している穀物や家畜も,品種改良など人工的にその生産性を高めてきたとはいえ,元々自然淘汰によって創りだされたものである.同様に,変化と複雑性に富む環境を与え保護してあげれば,コンピュータ・ネットワークというサイバースペースにおいても,自然淘汰は我々の役に立つ多種多様なディジタル生物を進化させるものと考えられる.

 一方,豊かな計算時間とメモリ空間を求めて移動するディジタル生物と全く反対の振る舞いをするネットワーク・エージェントの研究に活用することも考えられる.すなわち,処理能力を必要とするところに世界中から集まってくる一種の助人エージェントへの研究展開である.コンピュ−タ同士が光で結ばれる時代を想定すれば,夜間地球の裏側のコンピュ−タが表側の処理を実行することなどむしろ当然とも言える.そのようなことが可能となることが地球規模の情報インフラの大きな意義でもある.このような研究を通して全地球規模でのダイナミックでかつ自律的な処理能力配分を可能とする方法論の構築を目指したい.

 

3.ハードウェア進化

3.1 種(情報)が創るハ−ドウェア

 ソフトウェア進化が可能なら当然ハードウェア進化も考えようということになる.ハードウェア進化とは変化する情報に依存してハードウェアの構造を創り変えようという斬新なアイデアである.ハードウェア進化の基本的な枠組みを図2に示す.情報を種,ある特殊なハードウェア素子群を畑に例えると,種から畑に育つものが電子回路である.種に応じたハードウェア構造(電子回路)を畑に作りだし,それを繰り返しながら目的に合うように徐々に品種改良していくことに相当する.畑となりうるハードウェア素子とは,FPGA(Field Programmable Gate Array )やセル・オートマトン(CA)など再構築可能なハードウェアである.

 

3.2 成長・進化するニューラルネット6)

 ハードウェア進化の例として,CAを2次元的/3次元的に相互接続したハードウェア素子基盤を畑として,ニューラルネット(人工的神経回路網)をハードウェアとして発生・成長・進化させるCA型人工脳の研究を紹介する.

 CAは周辺のCAの状態と自分の現在の状態から次の状態を自分で決めることができる.1つのCAに外部から情報を与えると(すなわち,外部から状態を書き換えると),周辺のCAはその変化により自分達も状態遷移を行う.それらの変化はさらにそれらの周辺のCAの状態変化を引き起こす.

 生体の脳では,神経細胞が樹状突起と軸索という入出力線を伸ばし軸索がシナプスを介して樹状突起に接続されることで神経回路網が形成される.同様にして,CAが自動的に状態遷移する機構を利用して,情報から任意の人工的神経回路網をハードウェアとして発生・成長・進化させることができる.つまり,上述したCAのドミノ倒し的な情報伝達機構を利用して,あたかも生体の脳と同様のプロセスを電子回路として実現しようというわけである.

 これまではCA専用の計算機を利用して100万個のニュ−ロン(神経回路)をもつネットワークを成長させるのに5ヶ月を要した.現在,FPGA を利用した専用マシンの試作を進めつつあり,2001年ころには百数十億個という人の脳と同程度,あるいは,それを超える数のニュ−ロンをもつニューラルネットをハードウェアとして数分で成長させることも可能となろう.

3.3 ハ−ドとソフトの融合化に向けて

 ハードウェア進化では, 種は同じでも畑が違うと出来上がるハードウェア構造が異なる.そのため,畑は均一性を要求されず,多少の違い(デバイスの構造欠陥やエラー)があってもよいことにもなる.畑に合う種を見つければよい.つまり,構造欠陥やエラーあるいは動的なノイズやエラーについても情報の変化で吸収できる.

 現在,技術はハードウェア(物質)系とソフトウェア(情報)系とに明確に区分され,特にハード側からソフト側に対しては,部品の品質と性能を保証するという大前提がある.ハード側の製造技術の進展は著しく,今世紀末には10 〜10 の素子を1チップに集積することが可能となりつつある.しかし,素子数が膨大となるにつれて,それらを限られた時間内で試験することが今や非現実的になりつつあり,現状技術と同程度の歩留りで構造欠陥やエラーのないものを提供することが極めて難しい状況にあるのも事実である.

 ハードウェア進化の考え方は,ハード(物質)系とソフト(情報)系との関係に発想の転換をもたらすものと考える.つまり,ハード側は構造欠陥やエラーを排除することに躍起になることはない.その代わり,ソフト側は冗長に使える大量のハードウェア資源を必要とする.そのような意味で,ハードウェアの構造欠陥や動的なエラーを許容し,さらに,進化に活用しようとさえする,ハードウェア進化の考え方は情報系と物質系を融合化・統合化する新しい方法論へと展開できるものと期待している.

 

4.進化システムとしての人工脳を目指して7)

4.1 脳:幼いころは柔らかい

 生体の脳では,生誕前後から幼少期にかけて神経細胞が大量に発生する.不思議なことに,それらの大半が予めプログラム化されてたかのように死ぬ.それでも百数十億とも言われる神経細胞が生き残り,残った神経細胞は樹状突起と軸索を伸ばし,軸索がシナプスを介して樹状突起に接続されることで神経回路網が形成される.しかし,そのような発生と成長の後,神経細胞は減り続ける.幼児期の脳が柔軟性や創造性に富むのは,ハードウェア構造が成長過程にあり柔らかいからと言えるかもしれない.軸索と樹状突起とを結ぶシナプスの感度を調整することによって,脳は学習や経験を可能にする.

 しかし,脳は生体とともに死に,脳(つまり人)がいくら学習や経験を積んでも子には遺伝子しか残せない.そのような発生・成長・学習を,遺伝を通して何万世代に亙って繰り返しながら脳は進化してきたわけである.

 

4.2 いつでも柔らか頭になれる人工脳

 ハードウェア進化とソフトウェア進化の考え方は進化システムとしての人工脳の創出を可能にするだろう.人工脳にはいろんな利点が考えらる.一つは,柔軟性が要求される時には,全体でも部分的にでも何度でも幼児期に戻し,神経細胞を増やしてネットワークを張り替えることができる.生体の脳はそれを身体で支えるために生体に見合った大きさに限定されるが,人工脳は限定されない.

 そして,最も大きな利点として,人工脳は死ななくてもよい!従って,学習や経験の結果を残したまま,新しい部分をつけ加えるように進化させることもできるであろう.つまり,脳の進化過程に倣って,魚の脳の外側に爬虫類の脳,その外側にほ乳類の脳,さらにその外側に大脳新皮質というように,蓄積的に情報処理系の重層化を進めることができるであろう.

 

4.3 社会脳:人工脳のネットワーク

 そのような人工的な脳の進化を電子のスピードで,かつ,異なる条件で並列にシミュレ−ションすることにより,多種多様な人工脳を増殖,進化させることができるであろう.

 多種多様な人工脳を情報インフラによって相互にネットワーク化することによって人工脳の社会をつくることも可能となるであろう.ネットワーク化された複数の人工脳によって,ひとつの社会脳が構築できるかもしれない.これらは未だお話に過ぎないが,人工脳は,生体の脳が生体であるがために課されている限界を打ち破る,大きな可能性を秘めている.

 

5.自律性と創造性に富む進化型コンピュータ

5.1 一を指示して十働くエ−ジェント

 コミュニケーションのひとつの意義は,自律的に情報を生成/創造できる存在(つまり生き物)同士が,出会いの意外性,筋書きのないドラマなどと言われるように,お互いの想像性や創造性を喚起し内部世界を広げることにあると考える.指示した以外の情報を集めたり,アイデアを出してくれたり…など,自律性・創造性に富むシステムやコンピュータは,人と人との場合と同じように人がコミュニケーションでき,人の想像性や創造性を喚起し内部世界を広げてくれる存在となりうるだろう.

 21世紀は高度情報化社会が本格化し,情報インフラとユーザとの掛け橋となるコンピュータやネットワーク・エージェントの果たす役割が大きくクローズアップされる.現在のコンピュータは決められた手順で正確に操作して,やっと一の働きしかしてくれない.絶えず変化・成長する情報源としての情報インフラの潜在力をどれだけ引き出し活用できるかという意味において,自律性・創造性を有するコンピュータやエージェントは必須のものとなるであろう.

 人とのコミュニケーションによって彼ら自身も成長・進化するのみならず,そのようなコンピュータ同士を結ぶ情報インフラ上のエージェント同士でのコミュニケーションによっても成長・進化することができるあろう.そのようなネットワーク・エージェントは進化システムに基づく情報処理の近未来の最も有望な応用であると考える.

 

5.2 自己表現や感性表現の支援に向けて8) 

 我々は,コンピュータの創りだす自律性や創造性と人がごく日常的な関わりを持つことによって可能となるコミュニケーションにも注目している.人と進化システムとのインタラクションを利用したコンピュータ・グラフィックス(CG)の自動生成がその例である.

 人は,“自己表現したい”という欲求を持ち創造することに喜びを感じ,そしてまたそれを認められることにも喜びを感じる.特別の技術もスキルも持たない普通の人が,ごく日常的なインタフェースを介して,自らの内部状態に依存した映像表現や音楽表現ができる.そのようなことが案外容易なのではないかと予感させてくれたのが,CGアート「A-Volve 」と「Interactive Plant Growing」である9).

 A-Volve では簡単な2次元形状を入力すると3次元化された人工生物が水中に出現し,人の手の動きに反応し,他の生物と交配して子孫を残す.Interactive Plant Growing では,人が実際の植物に手を近付けたり触れたりすると,人の持っている静電気が植物の根につけられたセンサを通して検出され,スクリーン上に植物のCGが成長する.実際の植物も静電気をもっているので,植物が言わばアンテナの役割を果たす.人の体内状態も植物自身も日々変化し,湿気や温度にも影響されるので,同じ人が同じように植物に触れたつもりでも,スクリーンに成長する植物のCGは違ったものとなる.つまり,人と植物との一期一会で作品づくりができることになる.

 芸術家が仕組んだ,自律的・創造的な映像生成の“種”に,感性の主体としての人がその時その人しか持たず,しかも,自然に発する生体情報を“生”として与えることによってアーティスティックな映像を創造できるようにしようというわけである.何がどのように創り出されるかはその時点のその人の状態に依存するという意味で,人の自己表現を支援する仕組みと捉えることができる.ごく普通の人々が気軽にかつ気楽に映像や音楽を創造し,それらを身近な人々との間で交換する,そのようなコミュニティに根ざしたコミュニケーションの世界が広がることを期待したい.進化システムは,芸術性に富み質の高い映像や音楽で,しかも,その人独自の自己表現を支援し,コミュニティ間でのマルチメディア・コミュニケーションを活性化することに大きく貢献できるものと考えている.

 

6.むすび

 進化システムは,変化を生成する機構とそれらの変化を新たな機能や構造の出現に導く機構を利用して,ある程度自分で判断したり(自律性),情報を生み出す(創造性)ことを可能とする.システムやコンピュータが,情報を自律的に生成・創造できる,言わば“生き物”のような存在に変わりうるということである.我々は,人の想像性や創造性を喚起する人工脳の創出へと研究を展開するとともに,人の自己表現や感性表現を支援する存在(パートナー)としても育てていきたいと考えている.


参考文献

 

  1. 下原勝憲:“人工生命と進化するコンピュータ”,工業調査会(1998)
  2. 下原勝憲他,ATR進化システム研究室編:“人工生命と進化システム”,東京電機大学出版局(1998)
  3. 下原勝憲:“生命論パラダイムに基づく情報処理”,情報処理,第36巻,第4号,pp.289-296 (1995)
  4. T. Ray:"An Approach to the Synthesis of Life", In C. G. Langton, C. Tayler, J. Doyne Farmer, Steen Rasmussen (eds.):Artificial Life II, Addison Wesley, pp.371-408 (1992)
  5. T. Ray:"A Proposal to Create a Network-Wide Biodiversity Reserve For Digital Organisms", ATR Techical Report, TR-H-133 (1995)
  6. H. de Garis:" CAM-Brain", E. Sanchez and M. Tomassini (eds.), Towards Evolvable Hardware, Springer, pp.76-98 (1996)
  7. K. Shimohara:"Evolutionary Systems for Brain Communications―Towards an artificial Brain―", In R. Brooks and P. Maes (eds.), Artificial Life IV, MIT Press, pp.3-7 (1994)
  8. 下原勝憲:“感性と理性を結ぶ「人工生命」”,感性・人間・コンピュータ,pp.9-46,富士通ブックス(1995)
  9. C. Sommerer and L. Mignonneau:"A-Volve: an evolutionary artifical life environment", In C. G. Langton and K. Shimohara (eds.), Artificial Life V, MIT Press, pp.167-175 (1997)