津山中央病院電子カルテシステムの実際

宮島 孝直1)
1) 津山中央病院外科部長兼システム室長


1.当院システムの概要

当院電子カルテの特徴は、従来の紙カルテ・紙書類の運用を原則的に廃し、診療部門のニーズに合わせて医療行為に必要な全情報を電子的に閲覧できる事にある。その原情報が電子的に作製されたものか、あるいは紙に書かれた情報のscannningなのかには拘っていない。ほぼ完全に一患者一カルテであり、院外よりの紹介状等のretypeが殆ど不可能なものはscanningにて迅速に疑似電子化し閲覧を電子化、サブシステムより発生する検査結果(例、呼吸機能検査)、各科固有のデータ(耳鼻科の聴力検査・眼科の視野検査・婦人科の超音波等)等の紙を経由する必要のないものに関しては凡て電子的に保存している。
 当院固有の医療連携として本院(新築)と2サテライト施設(旧病院跡地に新築したクリニックと内科80床の一般病院)があげられる。サテライト施設に従事する医師等も殆ど本院との相互乗り入れである為完全に同一の電子カルテ運用を行っている。急性期入院中心の基幹病院、慢性期入院・外来中心のサテライト施設という形で機能分化を試みている。施設間の情報共有化は画像・臨床検査情報はほぼ完全にシームレス、電子カルテ自体も端末を限ってあらゆるtransactionが可能な状態にしている。また、電子カルテの冗長性確保の為に本院の電子カルテのbackupを分院側に、逆に分院の電子カルテのbackupを本院側にも生成している。

2.ユーザーインターフェイス

1)ハードウェア
i.電子カルテ端末  システムの基本構成は端末コンピュータ、モニター(多くは2モニターでそのうち一台は液晶ペンタブレット)、キーボード、マウス、各一台である。デジカメは手術標本の撮影や術中写真・剖検所見の記録等に使用、スキャナは約80台を多くの部署に配置し紙でないと処理できないような情報をできるだけタイムラグのないように疑似電子化できる体制を整えている。

いわゆるPACS画像・検体検査・心電図・消化器内視鏡画像(静止画のみ)等はweb技術を用いたブラウザで閲覧可能。これらのサーバは基幹システムとは別サーバであるが、一部は患者IDの自動受け渡しにより一体の如く動作する。

ii.紙カルテ   原則として存在しない。ごく例外的に救命救急センター等で生じた紙カルテは原本として保存している。(閲覧はscanningによる疑似電子情報)

2)ソフトウェア
i.テンプレート  いわゆる診療記録としてのテンプレートを約20ヶほど作製し使用に供しているが実際には眼科と耳鼻科の図つきのテンプレート以外は全く使用されていない。ヒアリングすると記載の自由度が失われて診療録として機能しないという意見が多かった。

ii.フリーシート  当院の原則的な診療録記載部分である。患者名・住所・日付・医師名等はコンピュータのサポートにより自動的に入力され、大きな空欄にワープロで記載していく。またweb系の画像情報を自由にdrug&dropしたり、ペンタブレットによって電子的手書きの画像を生成したり、他システムからの情報をcopy&pasteできるfreeareaを用意している。また、一回の診療sessionを要約する一行のindexareaを用意し、このindexの情報は過去の診療録閲覧時に同相に見えるように構成されている。このフリーシートに大して記載された凡てのtext情報については全文検索の方法によって検索可能である。


3.レスポンス時間

当院の電子カルテにおいては大手ベンダーによる通常の電子カルテ構造とやや異なり、いわゆる患者のカルテ情報を表示するのにまずカルテ一号用紙と二号用紙に書かれる比較的globalな情報と最終的電子診療録内容とを二段階で管理している。入院・外来・それ以外の検索において(病名による総患者からの患者抜き出しは例外で数十秒を要す;しかしこれは診察室内で行われる作業ではないと考えている。)すべてレスポンスは2秒以内に帰ってくる。診察室内や診療行為内で想定されるすべての検索において同様のレスポンスを維持している。この部分は純然たるOracleによるachievementであるが種々の工夫により開院3年以上経ても全くレスポンスの低下をきたしていない。今後数年以上何の手を入れなくてもこのレスポンスは維持できるとの事である。

最終的なカルテ内容に関してはある程度document数に依存する部分がある。通常のカルテであれば入院・外来とも5秒以内で内容を凡て閲覧できる状態となる。時に記載が非常に多くなる透析患者なカルテは年末になるとdocument、カルテ記載のsessionが膨大となり開くのに10秒以上かかるカルテもごく少数発生している。開院以来入院している患者等の例外的事項に関しては暫時カルテの整理を施行してカルテ閲覧の鈍足化を防止している。通常のカルテ管理においては年次単位でのカルテ(サーバー)管理としているので理論的にもそれ以上にカルテが重くなりようがない。勿論電子カルテ上からはシームレスにアクセスできる工夫をしている事は言うまでもない。また余談ではあるが、当院の電子カルテはどのようなデモ環境よりも本物の方が良いレスポンスを発揮する。通常のRDB型の電子カルテであれば、僅少のデータしか載せていないデモ環境で充分なレスポンスを発揮しても実践で(実用性のあるような)多くのデータを扱うとレスポンスの低下が著しい。これはシステム構築の本幹部分の設計思想であって小手先のtuningやハードウェア/ソフトウェアの進歩等では超えられない本質的問題である。従って当院の電子カルテシステムの有用性は実践環境でしか体感して頂けないと考えている。

4.電子カルテの真正性

紙に発生する書類等の真正性は現物保存で留保していると考えている。(但し、通常の閲覧では全く使用しない。;現物を必要とするのは医療監査と訴訟時位だと考えている。)

一方、電子カルテの真正性は充分確保できていると考えている。PDFを使用している関係上、document単位で生成された情報の一部を改ざんする事は(PDF自体にsecurityを付与している為)全く不可能となっている。記載対象患者を間違えたとか、書類全体を間違えたという場合にはsuperviserがしかるべき運用規定によって削除のみ施行している。無論、削除披瀝を残し実際には削除された内容も一定の場所にpoolし保存している。

看護ワークシート(看護の日々の業務を入院患者ごとに打ち出したもの)は、あらかじめバーコードをプリ印刷して翌日以降のバッチ処理でscanningし、さらに診療録に準じて(診療録と考えている訳ではない。)5年以上の長期保存を原則としている。看護ワークシートに手書きで加筆されそれが医療の根拠となったとしてもそれらの行為は事後入力の形で電子カルテに記載されているはずではあるが、実際の医療行為がどう行われたかをtraceする場合には、原データというのは極めて重要な情報だと考えているからである。つまり、電子的に変換される際よそ行きにきれいに加工されたデータよりも現場の生々しい記載の方が重要な場合もあると考えているのである。無論、訴訟や医療監査の際には本物の紙データを(参考資料として)提出するつもりである。
 

5.電カルの長期保存性

1999.12の開院当初より半永久的保存が原則であり、システム的にも何の本質的問題も抱えていない。

1) 診療録
いわゆる医師の記載する部分と診療に付随する多くのdocument群であるが、一年ごとの年次サーバーに保存される為一年ごとに一年分の全患者の診療録群の入ったファイルサーバーが一個増設されるのみである。(現状では100Gigabyte/yearでおつりがくる。)

2)放射線画像
DICOM準拠の本PACS系もwebを使用した参照系PACSも設計上は約10年程度以上onlineでの電子保存が可能となっている。但し1.5年程度以上経過した画像に関しては遅いstrage(DVDチェンジャー)に移行しているので閲覧にはかなり時間がかかる(チェンジャーにどのdiskがloadされているかにもよるが一般的に20〜30秒)。一方フィルムは短期破棄の方針である(数ヶ月)。

6.後利用

多くの場所で、多数の人が瞬時に多くの情報を共有して閲覧できるということが、紙に比較しての電子化の最大のメリットであると考えている。勿論、再利用や加工も最終的には目標にしたいのは言うまでもないが、まずは満足な速度で情報を充分に閲覧できるようになる事に注力した方がメリットがある。(現状の電子カルテはその条件を満たしていないように(小職には)思われる。その後利用については、以下のようなものが考えられる。

1)診療情報の開示;I.C.、チーム医療(clinical pass)、1患者1カルテ
 これはほぼ完璧に実現している。

2)医学研究;癌等の統計等
前述した如く、当院の電子カルテは患者情報をglobalな部分と診療録自体に分けて構成している。患者基本情報は一つのデータベースで管理する事に大きなメリットがあるが、個々の医学的な内容を一つのデータベースで管理する事自体が不可能に近いと考えている。従って個々の医療内容のデータベース自体はファイルメーカー等のユーザーサイドによったもので構成し、改変や改良を容易にしている。重要なのはこのファイルメーカーによるデータベース自身が真正性を留保する必要はなく、そこで生成されたレポートを診療録に付与していって真正性を確保すると考えている。クリニカルパス等に関しても疾病や医療行為の一つ一つがファイルメーカーのデータベースとして構成されており、そこよりの生成物がいわゆる電子カルテにattachされるのみである。

3)経営上;データウェアハウス、データマイニング
 美辞麗句を重ねて電子化を企図するのは勝手ではあるが、まず地道に2)のような問題に対処できるようになってから考えないと大言壮語・誇大妄想癖、有言不実行、現場実装の際の臨床サイドからの総スカンという大失敗に繋がりかねない。医療制度上も医療の本質からも、個々の医療行為の経済性を細かく分析しても決して経営改善には繋がらないと確信する。(この議論はやり出すと終わらないのでここでは割愛する。)


7.電子カルテ下の医療者の実際

電子カルテ移行はその導入時は相当の混乱をきたし効率の低下を招いたと考えている。しかしながらその混乱も約2ヶ月で収束し、現在ではかなりの効率の改善に繋がっていると考えている。その大きな原因のひとつは紙が現存せざるを得ない部分までも閲覧を(疑似)電子化しその運搬の手間を皆無にした点にあると考えている。無論、その成就の為にはそれらのdocumentの運用やdestinationに対して深く分析・考察・整理する必要がある。

また、当院の電子カルテ記載は記載自由度をできるだけ阻害しない事に重点を置いている(究極は白紙の紙ですよね!)。従って電子化した事により診療の質の低下はないと考えている。(無論、キーボード・マウス・ペンタブレット等への習熟期間は当然必要ではあるが....。)その結果データの共有化、閲覧の迅速化が前面にでて比較的受け入れられているものと考えている。この為にも電子カルテのレスポンスは何にもまして重要な因子として注力している。

電子カルテ運用後医療従事者について種々のアンケートを行ったが概ね7割の関係者が積極的に現システムに賛成、2割強がどちらとも言えないとし、積極的に紙カルテ回帰を求めた者は1割以下であった。


8.結び

現状の殆ど凡ての電子カルテ群はあまりの診療録の部分のみに拘り過ぎている感がある。また、多くの大手ベンダーの製品がオーダリングの延長線上でこのsolutionを構成していこうとしすぎているきらいがある。実際の診療行為においては種々のレポート等の書類が必要でありこれらは殆どサブシステムによって発生する情報である。MML等の標準化が試みられて久しいが、「標準化すればうまく行きますよ!」はもう聞き飽きた感があり、実はその「標準化」こそが最も困難な課題のようにも思われる。現実にHIS構築において未だに多くのシステム間結合が最大の課題である事情は何も変化していない。(小職の考えではwebによる閲覧のみの結合では診療録としての証拠性を満たしていない。)

医療活動においては全体最適が果たされて始めて効率の向上が望めるのであって部分最適ではどうにもならない。その全体最適に向かって立ち向かう努力をする人間の欠如こそが、現在の浅薄な電子カルテ議論の元凶ではなかろうか?