電子データ入力におけるGUIのメリット・デメリット
-GUIの導入によってもたらされる診療場面の変化-

静岡大学情報学部
黒須正明


1.GUI導入による機能・性能の変化

 GUIを搭載した医用情報機器の導入によって、診療場面にはさまざまな変化がおきると予想される。その影響は医師、ナース、患者のすべてに及ぶものである。その中には情報機器が導入されることによる機能・性能面での変化や、機器の導入が医療行為の作業フローに及ぼす影響などが考えられる(下記[1]を参照)。こうした点は、一般に導入の直接効果として第一に検討対象となるはずのものであり、すでに様々な形で議論がなされていると思われる。

[1]機能的側面
[1.1]履歴情報や関連情報の検索の効率化
[1.2]投薬指示などの効率化
[1.3]検査結果の半自動的判定
[1.4]患者同定ミスの減少
[1.5]検査画像情報のズーム表示や加工処理
等々

2.GUI導入がもたらす人間科学的影響

 しかし、こうした機能、性能、作業フローといった側面以外でも、医師の作業面での変化や患者への心理的な影響といった、人間工学、認知工学、臨床心理学的な面での影響も見落とすことはできない。ここでは、そうした面での特徴的なポイントを幾つかとりあげ、そのプラスの面、マイナスの面について検討を加えることにする。

[2]人間工学的側面

[2.1]手書きからキーボードへ
(1)解説 情報機器の入力装置として現在標準的に使われているのはキーボードであり、従来手書きで入力されていたカルテ情報も、その電子化にともなってキーボード入力に移行すると思われる。
(2)効果 キーボード入力の最大の利点はその入力速度にあるだろう。1ー2週間の定期的なトレーニングにより手書きと同等の10wpm(50cpm)の水準には向上できるし、ある程度継続的に利用しつづけることで30wpm(150cpm)程度の水準にまで到達することができる。また、電子的に文字を入力することで、ワープロやエディタのメリットとしてうたわれている、テキストの自由な編集、再利用、文字を利用した検索などが可能になる点も大きな利点である。また、いうまでもないが、テキストが文字フォントにより表示されることで、悪筆の問題がなくなるのも大きな効果といえる。
(3)問題点 キーボードの最大の問題点はキーボードアレルギーの存在であろう。最近の若い世代のユーザは教育現場でパソコンに接する機械が増え、また個人でもパソコンなどを利用する機会が多いためか、あまりキーボードに対して抵抗を感じていないように思える。しかし、主に年長の世代の中には、キーボードに対して強い抵抗を感じ、手書きでの入力に固執する傾向が見られる。またもう一つの問題は、その可搬性の問題である。これはキーボードだけの問題ではなく、情報機器全体の問題でもあるのだが、病棟の巡回などの際に持ち歩くことが困難であり、かつ机の無い状況では入力も困難である。
(4)対策 キーボードアレルギーは多分に心理的なものであり、人間工学的にいえば前述のとおり、多少の練習によって手書き並み、あるいはそれ以上の入力水準に容易に到達できる。したがって、この問題は医療現場のモラールの問題として処理すべきといえる。もちろん手書き文字認識装置を併用する、という方法もあるが、その入力効率は、誤認識の訂正操作などの影響で、必ずしも良いとはいえない。また、可搬性については、小型情報機器を使い、赤外線通信を併用するなどの方法で、ある程度問題は解決するが、机のような台の無い場所での文字入力が不可能に近い、という問題は残される。その意味では病室の構造的変更も必要になるだろう。

[2.2]ペンによる描画からデバイスによる描画
(1)解説 従来のカルテでは、テキストの他にポンチ絵のような描画が重要な要素となっていた。その主体は患部の描写であったと思われるが、こうした描画をコンピュータに対して行うためには、ペンなどのデバイスを使って自由描画を行うか、人体各部のテンプレート図形を利用してマウスなどにより書き込みを行っていくという方法がとられることになるであろう。
(2)効果 テンプレートを利用する場合には、患部の正確な描写が可能になるメリットが考えられる。またX線画像や心電図などの画像データへの書き込みが自由に行える点は機能的な利点といえる。
(3)問題点 ペンによる描画やテンプレートへの書き込みは基本的には手書きで紙に絵をかくことに比べると自由度が若干落ちるため、操作面での積極的な効用というのは特にないといってもいい。キーボードと入力デバイスとを持ちかえるという手の移動ステップが介在することも効率にとっては障害である。
(4)対策 手の移動をなくすには、文字入力もペンによる手書き認識にしてしまえばいいのだが、全体的な効率は前述のように大きく低下する。したがって手の移動の問題についてはあきらめざるを得ないだろう。また描画の自由度については、デバイスの改良によって改善される可能性はある。ディスプレイにオーバレイ装着されたペン入力デバイスを使うこと、ペン入力の解像度をあげること、ペン入力に対する追従性を高めること、などがその課題といえる。

[3]認知工学的側面

[3.1]水平情報表示から垂直情報表示へ
(1)解説 従来の紙のカルテの場合には机の上におかれていたので水平な情報表示といえたが、CRTの場合にはほぼ垂直、ノート型の液晶の場合にもそれに近い角度の表示となる。
(2)効果 特にメリットと考えられるものはない。
(3)問題点 垂直に近い表示をアイレベルで凝視しつづけると、ドライアイになりやすいことが指摘されている。
(4)対策 CRTを利用する場合には、若干角度をつけて机に埋め込むとか、多少俯瞰的に見られるような機器設定にすることが必要といえる。また、紙の場合には患者の側からその内容を読み取ることは困難だったが、垂直表示の場合には、設置方向によっては患者に丸見えになる場合があり、この面での配慮も必要になるであろう。

[3.2]再生記憶の利用から再認記憶の利用へ
(1)解説 GUIは基本的に機能の指定をアイコンやメニューによって行うが、これはユーザの記憶の利用の仕方としては、自分から頭の中の情報をすべて引き出す再生記憶ではなく、表示された情報の中から適切なものを選択するという再認記憶という形になる。
(2)効果 一般に再生記憶よりは再認記憶の方が容易であるとされており、たとえば医薬品の名称を記憶によって再生するよりは、メニューとして表示されている中から選択する方が容易なわけである。
(3)問題点 再認記憶を利用するためには、候補を表示しなければならないわけだが、画面のサイズに制限がある以上、多数の選択肢に対しては、階層型のメニューにするとか、メニューをスクロールさせる、といった方法をとらざるをえないことが多い。そうした場合には情報の検索性が低下する可能性がある。
(4)対策 情報の検索性についての配慮、たとえば配置する順番の適切さ、情報の階層構造化の適切さ、利用頻度への配慮、などが検討されなければならない。

[3.3]メタファの連想性
(1)解説 GUI環境ではメタファが多用されるが、その分かりやすさは、基底領域(ある概念を表現するために比喩として利用されるもの)と目標領域(比喩を利用して表現されるもの)との対応関係の良さ、基底領域に関する既存知識の有無、基底領域の外部表現の巧拙などによって左右される。
(2)効果 適切に表現されたメタファは理解を促進する。
(3)問題点 前述したような対応関係の善し悪し、基底領域の知識の有無、外部表現のうまさ、といった点に関して難のあるメタファは、かえって概念の理解を困難にすることすらある。
(4)対策 メタファを用いる場合には、それが一般的に分かりやすいといえるかどうか、あるいは、少なくとも医学関係者にとっては分かりやすいといえるかどうかを事前に評価しておくことが必要である。また、アイコンを含めた視覚的なシンボルに対しては、できるだけ言語的なラベルを付与しておくことが望ましい。

[4]臨床心理的側面

[4.1]アイコンタクトの減少
(1)解説 キーボードをタッチタイピングしていれば問題は少ないが、キーボードを見てタイピングする場合(サイトタイピング)にはキーボードに視線が移動することが多くなる。またタッチタイピングでも漢字への変換結果を確認するために、画面を見ることが多くなると予想される。
(2)効果 プラスの面はあまり考えられない。
(3)問題点 前述のような理由により、紙のカルテを利用していた時にくらべて、患者とのアイコンタクトが減り、ひいては患者との心理的な連続性が低下する可能性がある。
(4)対策 ディスプレイの設置方向に配慮することで、患者への視線移動を容易にするような対策を講じる必要がある。

[4.2]診療環境の印象の変化
(1)解説 各種の情報端末が医師の机の上におかれることによって、患者は威圧的な印象をうける可能性がある。
(2)効果 プラスに作用する場合には、ハイテクを利用していることによる信頼感を演出することが可能である。
(3)問題点 マイナスに作用する場合には、患者の緊張感や不安感を増す方向に影響を及ぼすと考えられる。
(4)対策 従来の診療環境に近いイメージを演出するのであれば、パソコン本体は机の下に置き、ディスプレイは小型のものを用いる、あるいは端末としてノートタイプを利用する、というような方法がある。

3.おわりに

 ここに記述したように、GUI環境を備えた情報端末を利用することは、医師の側、患者の側、双方に、さまざまな形で従来とは違った影響を及ぼす可能性がある。そのため、機器開発の側では、たとえばメタファの適切さを事前によく評価するような配慮が必要であり、機器導入の側では、タッチタイピングのトレーニングを実施するとか、導入環境の設計に心理学的な配慮をほどこす、などの対策が必要になると考えられる。