電子カルテはDRGの救世主になるか
(国立病院のDRG試行施設の経験から)
国立病院九州医療センター
医事課統計病歴係長 阿南 誠
mako@qmed.hosp.go.jp


平成9年度に国立病院8施設社会保険病院2施設が試行施設に指定され、平成10年度からの試行前提に、患者基礎調査などを実施した。
当院も試行施設に指定されたことから、基礎調査を担当した経験などを含めて、電子カルテとDRGに関しての私見を述べたい。

1.DRGとは?:Diagnosis RelatedGroup→診断群別のグルーピング:診断名はICD9などを用いている。
DRGの考え方を、いわゆる定額払いに適用したのが、DRG/PPS(PPS:ProspectivePaymentSystem)であり、DRGが必ずしも支払制度とイコールではないということを理解しておく必要がある。一般論として誤解されているケースも多い。
DRGとは、基本的には何らかの評価をするためにグルーピングすることであり、それがそのまま診療報酬に結びつく話ではない。

2.DRGを導入するとはどういうことか:
前述したようにDRGは評価ツールであり、いろいろなバリエーションがある多くの症例をなんらかのルールに基づいてグルーピングし比較検討するものである。したがって、本来は評価ツールであり実践された医療がどのようなものであるか誰にでもわかる形にすることが期待されている。
診療報酬の面からみても、いわゆる包括支払いと直結するものではなく、現状の保険制度の補正にも大いに役立つはずである。
ただし、Diagnosisだけでなく、他の要素も重要であり、単純に診断名だけで収束する、または、させるという問題ではない。

3.基礎調査はどのようにして行われたのか
前述したように、まずDRGの基本となるのは、ICD(InternationalClassification ofDiseases)コードである。つまり、今回のプロジェクトのように入院の包括払い(PPS)が対象であれば、少なくとも調査期間の退院患者にはしかるべき標準的(?)な診断名や処置手術名が付されていること、理想をいうとICDコードでコーディングされていることが必要であった。
従来から、我が国の医療機関における診療録管理の水準は例えば米国と比較すると、非常にお粗末なものであり、選定された試行施設の中でもかなりの比率でそういう環境が準備されていないところがあった。
単なる診療費の分析であれば、診断名と診療点数のみが必要なだけであったが、手技と薬剤、材料の分離の他、入院経路、退院経路などのデータも必要とされたため、診療録を集めること、レセプトのデータを準備することから始める必要があった。

4.いわゆる医療情報システム、医事会計システムが無力(?)だった?
当初の計画では、退院時診療録に基づくデータベースと医事会計システムから抽出したレセプトデータをコンピュータ上で合体して、分析用のデータベースを比較的に容易に作成出来るという考えが基本にあった。
データを集める計画がある一方で、それ以前にMEDISのデータベースを利用することも検討されたようであったが、データ収集の遅滞があり、事実上利用は出来なかった。
また、当初からそのような用途を考えていたわけではなかったので、基礎調査という用途にはまるで不十分であった。
結果的に、選定された施設で、いわゆる退院時診療録(またはサマリー)に基づいてデータベース化されていた施設は、3割程度にとどまり、また、医事会計のレセプトデータのデジタル化にしても、実現不可能なメーカがあったことも印象的であった(レセプトのデータはイメージデータでしか持っていないというメーカもあった:信じられない話であるが)。結果的に、コンピュータのアプリケーションの修正に必要とされる時間が不足したため、レセプトデータに関しては、「紙」のレセプトを出力しコンピュータに再入力する手間を使ったがコスト的には、こちらの方が低いようであった。
一部のメーカはエクセル形式でレセプトデータを出力可能というケースもあったようであるが、メーカー間の考え方(アプリの作り方?)も大きな隔たりがあることがわかった。
基本的に汎用性がなく標準化もされていないので、全く統一できなかったのが現実である。また、この汎用性と標準化というのが評価システムへのキーワードというのが実感である。
退院時診療録に基づくデータベースと医事会計データベース以外にも、医療の質の変化を評価する意味から看護量の調査なども行われたが、これらのデータの収集に関しても、無力であった。かくしてDRG試行への準備は進んだが、同時に病院の情報化の遅れを露呈することになった(関係した職員の負担も尋常ではない)。

5.DRGにおける医療情報システムの対応
これまで述べてきたことは、DRGを導入するための「値決め」に関するデータ収集に関する話である。DRGの導入がなされれば、それなりの制限や方向性が決められることになると思われるが、その時には、院内の医療行為が適切に行われているか、が誰にでも(もちろんアクセス権の設定は必要であるが)、必要な時にチェック出来、なおかつ、必要であれば、どうしてそのような事実が発生したのか等、その要因を分析出来る必要がある。少なくとも、我々のような病院のシステムでは全く対応は出来ない状況である。

6.診療報酬制度との関係
周知のとおり、現在の診療報酬制度は出来高払いであり、重要なことは、どうしてそのような医療行為が必要であったかは、事実上問われない。
つまり、本質的に必要かどうかは、全く無関係に、医療機関が行った医療行為に対しては、その代価として診療報酬の支払いがなされる。
典型例をあげてみよう。
MRSAが発生した、抗生剤ががんがん使った→診療報酬は大きくなるというケースがある。MRSAの発生は不幸なことであるが、診療報酬上(医療機関サイド)では必ずしも悪ではない。
つまり、きちんと管理された病院への評価がないということが問題である。
現在施設基準という面で加点があるが、事実の発生と言うことに関してはなんらの評価もない。もし、診療報酬の評価につながるということになれば、病院経営も変わってくるかもしれない。

7.DRG導入後の診療報酬は?
DRGをインフラにした診療報酬を考えると、次のことがイメージされる(まだ具体案は呈示されていない)。

  1. 単純に行った診療行為と病名(いわゆる保険病名)との関連のみから、「行った診療行為を証明する必要がある」
  2. へたくそは淘汰される
  3. 医療機関の違いが明らかになる

などが考えられる。例えば、在院日数が7日とされた疾患や手術例で、それ以上入院した場合は、理由が必要であろうし、局所麻酔を前提とした手術で全身麻酔を実施したとしたら、それなりの理由(きちんとデータで示す)も必要とされるであろう。イメージとしては、現在、「診療理由書」のレベルの高いものになるのではないかと推察する。

現在の一般医療機関の環境ではどうなるか。

8.必要な環境

  1. 標準とされるコード体系
  2. 必要とされるデータが迅速にデータベース化されかつ提供される環境
  3. DRGに対応する評価システム

もしかしたら、現在議論されている電子カルテが最も有効な手段かもしれない。
ただし、そのためには、データベース化するための議論ばかりではなく、評価システム(経営、リスクマネージメントなども含めて)としての議論をもっと行う必要があると思われる。
目的のないところに必要なシステムは存在しない。