診療記録等の電子保存要件について

__ 厚生省通知の意義とこれからの電子カルテ __

        

里村洋一
千葉大学


4月24日に厚生省が発表した「診療録等の電子媒体による保存について」は、ここ数年間にわたって、日本医療情報学会が訴えてきた、「電子保存の法的な認知」をかなえたものであり、学会として諸手をあげて歓迎すべきものである。

この通知によって、電子化した医療情報の法的な正当性が認められることとなったが、その背景には、しっかりした規制緩和の方針が存在する。これは一方で、電子化によって起こるかもしれない危険の責任を医療機関が自分で背負うことを意味しており。これまでの規制と保護になれた医療機関が、自ら責任をとる覚悟で新しい手法の採用に踏み切れるかどうかその態度を問われることになる。

ここで、この通知の意義を述べてみたい。

通知は「真正性」、「見読性」、「保存性」の三つの要件から成り立っているが、真正性以外の要件については、比較的簡単に実現できることである。たとえば、見読性を保証するためには、診療記録の参照システムを休日なしの24時間運転にすれば、おおよそ要件を満たした事になり、運転のための経費や設備の負担はあるにしても、技術的には大きな問題がない。保存性についても、適切な二重化やバックアップの仕組みとその運用体制を確保すればまかなえる。これらに比べて「真正性」を保証することははるかに困難である。そもそも、真正な記録とは何か、それを保つということはどの程度まで入力時の状態を復元することを意味するのか、とりあえずのメモや他人に依頼した入力は真正なものといえるか、印刷したものは複製なのか、それとも原本の再現なのかなど、議論が果てしなく広がりそうである。そこで、この通知では作成責任者の認証(パスワードなどによる)の他に「確定入力」という概念を導入している。つまり、その記述や画像の入力に責任を持つ人間が、入力の手段の如何を問わず、それが自分の意図した情報であることを確認することによって、「真正」の証明とすることにしたのである。実は、これだけでは「真正性」の保証にはならない。デジタル化した情報はさまざまな形で表現することができるから、ディスプレイやプリントに表現したものが入力した情報に等しいと証明することが困難だからである。このことについては、要件の中でも、またそのガイドラインの中でも明確に示してはいない。ただ、その医療機関がその時代の技術に応じて採用した「真正」であることを保証する方法を公開しなさいとするばかりである。いわば、この要件については医療機関の自主的な判断に任されているのである。

また、一旦確定した情報の真正性を保つためには様々な安全技術の利用が不可欠であるが、その方法についても、特定の手法を指定はしていない。だだ、更新履歴の保存や誤入力、虚偽入力、消去、混同などを防止しなさい、そして、そのための機器やソフトウエアーの品質管理を行いなさい、と指示しているのみである。このように、医療機関が責任を持って管理し、その運用状況を説明できる資料が必要であるが、その手段を問わないのである。

 この通知は、これまでの行政のあり方であった「...しなければならない」というものと大きく離れており、地方の行政機関がうまく対応できるかどうか心配なところがある。また、行政機関が積極的に電子化を推奨しているものでもないから、医療機関が受け身の状態にいる限り、電子化が進むとは思えない。

通知によって枠がはずされたことをきっかけに、このグループがいっそう積極的に実際の応用に取り組んでゆくことを期待する。