「保険医療分野における情報化にむけての
グランドデザイン」策定の経緯

 

武末 文男

厚生労働省医政局研究開発振興課
医療技術情報推進室


厚生労働省においては情報技術を活用した今後の望ましい医療の実現を目指して平成13年3月28日より保健医療情報システム検討会において平成14年度から概ね5年間の医療の情報化を戦略的に推進するための方策の検討を進めてきた。

この間、平成13年9月25日に厚生労働省において「医療制度改革試案」を公表し、11月29日には「医療制度改革大綱」が政府・与党改革協議会において取りまとめられた。

同大綱においては「電子カルテ等について目標と達成年次を平成13年内に策定し、その実現に向けた支援措置を講じる。」こととされている。

このような中、今般保健医療情報システム検討会において「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」が取りまとめられた。

このグランドデザインにおいては「医療の将来像を踏まえた医療の課題と情報化」、「医療情報システム構築のための戦略」、「情報化の進展にともなう保健医療福祉総合ネットワーク化への展開」、特に医療情報システムの構築においては電子カルテ・レセプト電算処理システムの目標と達成年次、国の講ずるべき施策等が盛り込まれている。

厚生労働省においてはこのグランドデザインを踏まえ、電子カルテ・レセプト電算処理システムの目標の達成に努めるとともにグランドデザインで描かれた情報技術を活用した今後の望ましい医療の実現に向け、各般の施策を行っていくこととするこことなった。

 

情報化に向けての工程表

 

医療情報システムを構築するために以下のような具体的な数値目標を設定し、その実現に向けた具体的な工程表(表1.表2.)を策定した。

【電子カルテ】 ・平成16年度まで

全国の二次医療圏毎に少なくとも一施設は電子

カルテシステムの普及を図る

・平成18年度まで

全国の400床以上の病院の6割以上に普及

全診療所の6割以上に普及

【レセプト電算処理システム】

・平成16年度まで

全国の病院レセプトの5割以上に普及

・平成18年度まで

全国の病院レセプトの7割以上に普及


医療情報システム工程表(クリックにて拡大 PDFファイルが開きます) 


レセプト電算処理システム工程表
(クリックにて拡大 PDFファイルが開きます) 

 

 

グランドデザインの基本コンセプト・・「標準化」と「セキュリティの確保」

 

今回厚生労働省が公表した情報化に向けてのグランドデザインはゴールドプランなどと異なり、厚生労働省が方向性を厳格に定めて予算的な裏付けや法制定による目標達成を目指すものではない。

まずは官学民医の役割分担を明示するとともに、今後5年間に目指す方向性を定め、それぞれが共通認識の下で目標達成のために必要なことをがんばっていこうという、申し合わせ的なものになっている。

これらは、医療分野における情報化の必要性を明示し、情報化の進展を推進するとともに、他の分野でよくみられる情報技術の急速な進歩による混乱やムダを極力避けていこうと試みられている。

目指すべき方向性として二つである

 

1. 標準化の必要性

 

近年の情報分野の技術進歩は急速であるだけでなく、必ずしも現在の技術に基づき段階的、継続的に進歩するわけでもなく、突然出現した新しい技術があっという間にその分野を席巻してしまうということもまれではない。そのため、あまり細かくそのフレームワークを限定してしまうと却って情報化の進歩の足かせとなりかねないため、必要最小限の互換性、情報の可用性の担保に重点が置かれている。

そうすることで、新たなすぐれたシステムが出現したときでも、従来のデータを速やかに移行できることを保証し、それが情報化へ踏み出すことを躊躇することなく、いつでも情報化に取り組みはじめられるものと考えられたからである。

 

2. セキュリティの確保

 

近年、個人情報に対する保護が重要な問題となっている。また、情報化をすすめる際には、かならず情報の目的外使用、流出などの情報のセキュリティをいかに確保するかが問題となる。情報へのアクセス性を容易にしつつ、不必要なアクセスを禁止しなければならないという相反する要件を満たさなければならないからであり、絶対的な線引きができるものでなく、どこでバランスを取るかが問われるからである。

医療分野の患者の診療情報は患者が他人に最も知られたくないことであり、基本的には治療を受けるために医療者に提供されていることを忘れてはならない。そのため医療の情報化を確実に進めるためには、利便性やコストの問題以前に、まず第一にその安全を確保しなくてはならない。

さらに、現在医療の情報化に対して社会から最も期待を寄せられていることは、医療自身の安全性の向上に情報化が寄与することであり、またそれが、現時点で唯一情報化が有効であることのコンセンサスが得られていることだからだ。

 

以上のような考えに基づき、グランドデザインでは次の五つの方向性を打ち出している。

 

1.医療用語・コードの標準化

2.医療情報交換規格の標準化・国際化

3.情報セキュリティの確保(技術的セキュリティ)

4.個人情報保護への取組(制度的セキュリティ)

5.医療の安全性確保への応用(医療上のセキュリティ)

 

行政から医療の情報化特に電子カルテに期待すること

 

1. 医療に役に立つシステムであること

現在、電子カルテ導入のメリットとして情報の公開であるとか、情報の共有であるとかいわれているが、医療とは病気を治療する事であるとの観点から見ると本来の目的ではない。むしろアメニティ的な部分でしかない。

そのため、現在診療報酬で情報化に伴う費用をまかなうべき意見もあるが、現在の電子カルテのレベルでは難しいと言わざるを得ない。治療でなく単なるアメニティにすぎなければ、うまくいっても特定療養費に組み込むかどうかの議論にすぎない。今もしこの医療に役立つと言うことであれば、医療の安全性の向上に寄与することが考えられる。

 

2. 情報を活用できること

情報の活用というと、診療情報提供などの施設間やチーム診療を実践するため施設内での情報の共有を思い浮かべることが多い。

しかし、もう一つの可能性として、考えられるのは医療運営に電子カルテが役に立つことが考えられる。医療施設の責任者が経営分析に活用したり、物流管理を行ったりすることである。

さらに、医療施設が自分の医療のパーフォーマンス評価(ベンチマーク)に用いることで、医療の質の向上に取り組む際の指標が得られる。

 

3. 安全であること

4. 標準的であること

上記3.4.については、すでに述べた。

 

5.最後に厚生行政に役立つ情報を作成すること

これまでもすでに十分議論されてきており、目新しいでもないがある意味で行政側からこの情報の作成に触れることはタブー視されてきたようにも思う。しかし、ここで誤解を恐れずにあえてこの提言をしたい。

従来から医療界は常に行政に資する情報の作成には消極的であった。その情報が悪用されるのではないかとか、統制的に使われるのではないかとの疑念を抱いてきたからだ。その原因の一つには情報の作成が公開を前提として議論されてきたからであり、医療界の内部ですら作成された情報の取り扱いについて議論できていないまま、誤解を受けかねないと懸念があったからだろう。二つ目は医療界が情報の作成に対して受け身の姿勢であったために、その情報が一人歩きをし、予期せぬところで使用されることを危惧していたからであろう。

しかし、今後の厳しい医療環境を考えると従来のマクロ的な視点での医療行政では特定の分野に過大な負荷が生じる可能性が高く、解決しようがないことは明らかである。「根拠に基づく厚生行政」を行うための「根拠」を生み出すのは他でもない医療の現場からしかないと思われる。

常に最も大切なことはこれらに医療界が自主的に取り組み、その情報の活用法や方策について主導権をとって議論することではないだろうか。

 

最後に

今後は情報に振り回されるのではなく、情報を安全にうまく活用していくことに取り組む必要がある。それは医療界に限ったことではなく、21世紀は情報の世紀とも言われており情報が非常に有効な武器となる時代なのだからである。